姉妹記事では、手話通訳者の報酬が全国の過半数の自治体で「見えない」ことをお伝えしました。今回はその裏返し。実際に金額を公開している自治体のなかで、いちばん高いのはどこかを見ていきます。
先に断っておくと、これは"高いほど素晴らしい"という話ではありません。金額の背景には制度や地域の事情があり、低い自治体を一方的に評価する意図はまったくありません。それでも上位の顔ぶれを見ると、報酬が"見える"自治体に共通するある設計が浮かび上がってきます。
この記事でいう「報酬」は、手話通訳者本人が受け取るお金(=本人額)のことです。自治体が委託先の団体に支払う「委託料」や、利用者が支払う「依頼者料金」とは区別しています。
1. まず全体像 ― 2,000円から10,000円まで
金額を確認できた227自治体を並べると、2時間あたり最小2,000円台から最大10,000円まで、5倍の開きがありました。中央値は4,000円、平均は約4,105円。多くは3,000〜4,000円台に集まります。この「まん中あたり」から大きく上に飛び出しているのが、これから見る上位の自治体です。
2. 高い順トップ12
全国トップは、青森県・三沢市の10,000円。時給5,000円×2時間で、市が直営で通訳者本人に直接支給しています。続くのが愛知県・碧南市の7,000円、神奈川県・横浜市の6,856円、石川県・中能登町の6,690円です。
目を引くのは静岡県。島田・焼津・菊川・清水・小山・河津の6市町が6,360円で横並びになっており、県全体で高い水準にあります。そして6,000円ちょうどには、群馬県内の多くの市町村や沖縄県那覇市など、24の自治体が並びます。
3. なぜ、上位は"見える"のか
上位に共通するのは、金額の高さそのものよりも、制度の設計です。これらの自治体は、派遣を団体に委託するのではなく、市が直営で、通訳者本人に時給や単価を明記して直接支給しています。本人支給・時給明記の要綱にすれば、金額は要綱を見るだけで"わかる"ようになります。
逆にいえば、ランキングの上位に来やすいのは「額が高いから」だけではありません。「そもそも額を公開する設計になっているから」でもあるのです。委託方式の自治体は、たとえ実際の支給額が同じくらいでも、その額が要綱に現れないため、こうしたランキングには最初から登場できません。「見える/見えない」は、金額の多寡よりも先に、制度の作り方で決まっている——上位の顔ぶれは、そのことを静かに示しています。
ポイント:「委託か直営か」「本人に直接支給するか」。この設計の違いが、報酬が見えるかどうかを大きく左右しています。額の背景にある制度の話は、姉妹記事で詳しく扱っています。
4. 地域で、こんなに違う
金額を都道府県ごとに眺めると、単なる「バラバラ」ではない、地域のまとまりが見えてきます。
いちばんはっきりしているのが群馬県です。確定額を確認できた18の市町村が、すべて6,000円ちょうどで完全に一致していました。ここまで揃うのは偶然ではなく、県内で共通の水準が広く用いられていることをうかがわせます(群馬県では県の聴覚障害者連盟が派遣に関わる体制が知られています)。静岡県も高めで、確定額のうち6つの市町が6,360円で横並び。県として「県内全市町で個人への派遣を実施している」と案内しており、地域ぐるみで水準を保っている印象です。
逆にいえば、報酬が"見える"かどうか、そして水準が高いかどうかは、市町村単独の判断だけでなく、都道府県レベルの取り組みにも左右されるということです。一つの町を見て「高い・低い」と評価するより、その背後にある県ぐるみの仕組みに目を向けるほうが、実態に近いのだと思います。
5. 同じ「通訳」でも、資格で額が変わる
もう一つ、額を左右するのが資格です。手話通訳には、厚生労働大臣が認定する「手話通訳士」、都道府県が認定する「手話通訳者」、その手前の「手話奉仕員」といった段階があり、自治体によっては資格ごとに単価を分けています。
※「手話通訳士」は、弁護士のような"業務独占"の国家資格とは性質が異なります。厚生労働大臣が認定する公的資格で(1989年開始・聴力障害者情報文化センターが実施)、この資格がなくても手話通訳を行うことはできます。ただし「手話通訳士」という名称は有資格者だけが名乗れる(名称独占)——ここはよく誤解される点です。
| 自治体 | 手話通訳士 | 手話通訳者 | 手話奉仕員 |
|---|---|---|---|
| 沖縄県・本部町 | 4,800円 | 2,800円 | 2,000円 |
| 岐阜県・郡上市 | 5,400円 | 4,200円 | 3,000円 |
| 岐阜県・飛騨市 | 4,440円 | 4,200円 | 2,840円 |
※いずれも2時間換算。本部町では、資格によって受け取る額に2.4倍もの差があります。資格が上がるほど単価が高いのは自然に見えますが、裏を返せば、同じように「窓口に来た通訳者」でも、持っている資格によって受け取る額が大きく変わるということです。地図の色(=2時間額)は各自治体とも「手話通訳者」の額を基準にそろえていますが、その内側にはこうした資格別の差が隠れています。
6. 委託だと、団体の側からも"見えない"
ここまで「高い順」に登場したのは、市が直営で本人に直接支払う自治体ばかりでした。では、派遣を団体に委託している自治体はどうなのか——委託先である各地の聴覚障害者情報提供施設や協会のホームページも確かめてみました。
結果は、やはり"見えない"。これらの団体が公開しているのは「依頼者が支払う派遣料金」であって、そこから通訳者本人にいくら渡るのかは示されていません(大阪聴力障害者協会の派遣単価表も「派遣料」、神奈川県聴覚障害者福祉センターも派遣費のみ)。つまり委託方式では、市の側からも、運営する団体の側からも、本人額は二重に"見えない"まま。だからこそ、直営で本人に払う自治体が、結果としてランキングの上位に並ぶのです。
7. 低い側について ― ランキングにしないこと
ここまで「高い順」を見てきましたが、この記事では「低い順」のワーストランキングは作りません。
額が低い自治体を並べて"良くない例"のように扱うことは、本意ではありません。低さの背景には、委託方式で本人額が要綱に現れないこと、その地域での利用の実態、派遣できる件数の限り、財政事情など、数字だけでは測れない事情があります。大切なのは順位づけよりも、"見えない"報酬を少しずつ"見える"かたちにしていくこと。そして、報酬単価だけでなく、通訳者が職業として生計を立てられる雇用のかたちをどうつくるか——そこまで含めて考えることだと思います。
その"見えない"構造がなぜ生まれるのか、全国でどれだけ見えていないのかは、姉妹記事「見えるのは13%」にまとめました。あわせて読んでいただけるとうれしいです。
まとめ
手話通訳の報酬は、同じ2時間でも2,000円から10,000円まで開きがありました。上位に並んだのは、市が直営で本人に直接支給する自治体たち。報酬が"見える"ことと"直営で本人に払う"ことは、深く結びついています。
金額の高低で自治体を評価するのではなく、"見える"仕組みが広がっていくこと。それが、この2本の記事で伝えたかったことです。