みなさんのお住まいの市区町村では、手話通訳者に"通訳の報酬"が「いくら」払われているか、ご存じですか。
聴覚障害のある人が病院や学校、役所へ行くとき、手話通訳者が同行します。その通訳者本人が2時間の派遣でいくら受け取るのか──全国のすべての市区町村について、公開されている要綱・条例などの一次資料を1件ずつ調べました。結果は、想像以上に「見えない」ものでした。
1. 全国を調べて見えた「透明性13%」
この記事でいう「報酬」は、手話通訳者本人が受け取るお金(=本人額)のことです。自治体が委託先の団体に支払う「委託料」や、利用者が支払う「依頼者料金」とは区別しています。調べたのは、あくまで通訳者本人の手に渡る額です。
2時間派遣あたりの報酬額を一次資料で確認できたのは、全国で235自治体、わずか13.4%でした。
残りの内訳はこうです。要綱(派遣事業のルール)は特定できたのに、肝心の本人報酬額が「別に定める」「委託料のみ」などで公開されていない自治体が619(35.4%)。そもそも該当する要綱に到達できなかった、または存在が確認できなかった自治体が896(51.2%)です。
つまり、過半数の自治体で、手話通訳者がいくら受け取っているのかを外部から知ることができません。
2. 同じ2時間で、2,000円から10,000円まで
金額を確認できた227自治体だけを見ても、その幅は大きいものでした。2時間あたり最小2,000円台から、最大10,000円まで、実に5倍の開きがあります。中央値は4,000円、平均は約4,105円。多くは3,000〜5,000円台に集まります。
最高額は三沢市(青森県)の10,000円。時給5,000円×2時間で、市が直営で通訳者本人に直接支給しています。一方、最小の2,000円台には、同じ青森県の平川市・佐井村などが並びます。同じ県の中ですら5倍の差が生まれている──この差がどこから来るのかは、後述します。
※本記事は、低額の自治体を責める意図で書くものではありません。報酬額の背景には、制度設計や財政事情に加えて、その地域での利用の実態や、派遣できる件数にも限りがあるといった事情も関わっています。額の多寡だけで良し悪しを論じることはできません。
3. 「公開率」には、はっきりした地域差がある
確定額を公開している割合(=A評価の割合)を都道府県別に見ると、地域差が鮮明でした。栃木県52%、群馬県49%、島根県42%と、半数前後が公開されている県がある一方で、茨城・奈良・徳島・香川・高知・佐賀の6県は0%です(都道府県コード順に並べたもので、特定の意図で序列をつけたものではありません)。
ただし、この「0%」を「賃金が低い」「調べていない」と読むのは誤りです。 実態は県によって違います。
たとえば奈良県は39市区町村のうち38で要綱を特定できています。それでも0%なのは、その多くが「委託方式」や「別に定める」という形で、本人額を"意図的に公開していない"からです。茨城県も同様に、要綱は特定できたのに、委託ゆえに本人額が見えません。つまり「調べ尽くしたのに見えない」県です。
一方で徳島県は、こちらは例規集を人力で(「意思疎通」「コミュニケーション」「手話」で)確認しても、該当する派遣要綱そのものが見当たりませんでした。同じ0%でも、意味がまったく異なります。
4. なぜ"見えない"のか──「委託」と「別に定める」
見えない自治体に共通するのは、制度の"構造"です。
多くの自治体は、手話通訳者の派遣を社会福祉協議会などの団体に委託しています。この場合、自治体が公表するのは団体への「委託料」であって、通訳者本人がそこからいくら受け取るかは要綱に書かれません。また、要綱に金額を書かず「報酬は別に定める」とだけ記す自治体も多く、その"別に定める基準"は公開されていないことがほとんどです。
逆に、公開率が高い栃木・群馬や、最高額の三沢市に共通するのは、委託ではなく市が直営で、通訳者本人に直接支給する設計になっている点です。本人支給・時給明記の要綱にすれば、額は自然と"見える"ようになります。「見える/見えない」は、金額の多寡よりも先に、こうした制度設計の違いが大きく影響しているように見えます。
もう一つ付け加えると、派遣を請け負う各地の聴覚障害者情報提供施設や協会のホームページを見ても、公開されているのは"依頼者が支払う派遣料金"であることがほとんどで、そこから通訳者本人にいくら渡るのかは示されていません(たとえば大阪聴力障害者協会の派遣単価表や、神奈川県聴覚障害者福祉センターの派遣費)。委託の場合、市の側だけでなく運営団体の側からも、本人額はやはり"見えない"──これが今回の調査で繰り返し行き当たった実情でした。
5. そもそも、派遣の謝金だけで暮らせるのか
ここまでは「派遣1回あたりの報酬」の話でした。しかし、この単価がいくら"見える"ようになっても、それだけで生計を立てられる通訳者はほとんどいません。 派遣の依頼は無尽蔵にあるわけではなく、量には限りがあります。手話通訳を、その場かぎりの謝金仕事ではなく、生活を支えられる"職業"として続けていくには、報酬単価の透明化だけでは足りないのです。
だからこそ注目したいのが、通訳者を役所の窓口に常勤(または会計年度任用職員)として"設置(配置)"している自治体です。今回の調査でも、新宿区・渋谷区・世田谷区・宇都宮市・前橋市・千葉市・秋田市・一宮市・姫路市・富士市・熱海市などが、市役所・区役所の障害福祉課などに手話通訳者を設置・配置していることを公式サイトで確認できました。窓口に通訳者が"いる"ことで、聴覚障害のある人はあらかじめ派遣を予約しなくても、その場で相談や手続きができます。
ここで少し、みなさんと一緒に考えてみたいことがあります。手話通訳者が役所の窓口にいることを、みなさんはどれくらい"当たり前"のことだと感じるでしょうか。聴覚障害のある人が役所を訪れて手続きや相談をするとき、その場に通訳者がいるかどうかで、書類ひとつ、相談ひとつのハードルはずいぶん変わります。今回のデータで"設置"を確認できた自治体は、少しずつ見つかってはいるものの、まだ全体からすればごく一部でした。断定するつもりはありませんが、「もう少し広がってもいいのかもしれない」と感じる場面は、調べていて少なくありませんでした。
その背景には、そもそも手話通訳者の数が十分とはいえない、という事情もあります。手話通訳技能認定試験(いわゆる「手話通訳士」)の登録者は、2026年4月時点で全国4,378人(聴力障害者情報文化センター公表・令和8年4月1日現在。試験の合格率も高くはなく、一朝一夕には増えません)。これに都道府県が認定する「登録手話通訳者」を加えても、担い手の層は決して厚くありません。一方で、聴覚・言語の障害で身体障害者手帳を持つ人は全国で約37.9万人(2022年、厚生労働省「生活のしづらさなどに関する調査」)。手帳を持たない軽度・中途の難聴の人まで含めれば、その数はさらに大きくなります。
ざっくり言えば、手話通訳士は聴覚・言語に障害があって手帳を持つ人およそ90人に対して1人。人口全体でみれば、およそ2万9千人に手話通訳士が1人という計算です(手帳所持者すべてが手話を使うわけではなく、逆に手話を必要とする場面は手帳の有無にかかわらず生じるため、あくまで規模感の目安ですが)。必要とする人すべてに十分に行き渡っているとは、とても言いがたいのが実情です。限られた通訳者を、必要とする人にどう届けるか──"設置"という配置のしかたも、その一つの答えなのだと思います。
6. 筆者の視点
手話通訳は、本来、常勤雇用によって生計を立てられ、職業としてきちんと確立されるべき仕事だと考えます。派遣の謝金だけで生活を組み立てるのは現実的ではありません。持続可能性を考えるなら、「必要なときだけ呼ばれて薄い謝金を受け取る」形ではなく、自治体が正規の職として通訳者を雇用し、安定した身分と収入を保障することが、本来のかたちのはずです。市役所に通訳者が"いる"ことは、例外ではなく標準であってよいと感じます。
参考:米国はどうなっているか
米国では、手話通訳を「専門職」として支える仕組みが、法・資格・雇用の三方向から組み合わさっています。
まず法。ADA(Americans with Disabilities Act=障害を持つアメリカ人法、1990年制定)の第2編(Title II:州・地方政府による公的サービスを対象とする規定)は、州・地方政府に対し、聴覚障害のある人と「効果的に意思疎通する(effective communication)」ために必要な補助手段を提供する義務を課しています。米司法省(ADA.gov)は、その「資格のある通訳者(qualified interpreter)」を『専門用語も含め、受信・発信の双方向で効果的・正確・中立に通訳できる者』と定義しており、ろう者にとっては資格のある手話通訳者がその手段にあたります。つまり通訳の提供は"善意のサービス"ではなく、行政の法的義務として位置づけられています。
次に資格。全米ろう者通訳者登録協会(RID=Registry of Interpreters for the Deaf)が、聴者向けのNIC(National Interpreter Certification)や、ろう者自身が通訳を担うCDI(Certified Deaf Interpreter)といった全国資格を整備しています。試験と要件を組み合わせた、専門職としての標準的なキャリアの梯子があります。
そして雇用。米労働統計局(BLS)の職業ハンドブックは、VRS(ビデオ・リレー・サービス)の普及を手話通訳需要の成長要因として挙げています。通訳・翻訳者全体(手話単独の数字ではありません)の年収中央値は59,440ドル(2024年5月)。2026年7月17日のレート(1ドル=約162円)で換算すると、およそ965万円にあたります。
※正確を期すための注記:BLSの中央値は「通訳・翻訳者」全体の数字で、手話通訳単独の額ではありません。またBLSは資格を「一般に必須ではない(optional)」とも記しており、米国でも全員が高給の常勤職というわけではありません。それでも、"行政に法的な提供義務があり、全国資格の体系があり、VRSという常勤雇用の受け皿がある"という三点セットは、日本との対比として十分に意味を持ちます。
7. 調査の方法と限界
この調査は、全国の市区町村について、各自治体の例規集・公式サイトの一次資料を確認して行いました。効率化のため一部で自動化ツールを併用しており、アクセス制限などで取りこぼした自治体がある可能性は否定できません。ただし、機械的に到達できなかった自治体についても、可能な範囲で人力で例規・要綱を確認しています。
それでも、一次調査には漏れや誤りが含まれ得ます。修正・追加の情報をいただき次第、このデータと記事は継続的に更新・拡充していきます。 お住まいの自治体の情報や訂正があれば、ぜひ情報提供フォームからお寄せください。
まとめ
手話通訳者の報酬は、全国の過半数の自治体で「見えない」状態にあります。その背景には、金額の高低よりも先に、「委託か直営か」「本人に直接支給するか」という制度設計の違いがありました。
そして、報酬単価を透明にするだけでなく、通訳者が職業として生計を立てられる雇用のかたちをどうつくるか──そこまで含めて考える必要があります。