私がアメリカの大学に留学していた2000年代後半では、その大学に情報保障の選択肢がいくつもありました。口の形を大きくはっきり見せる口話(オーラル)の通訳、手話通訳、ASL、英語対応手話(SEE・SEなど)——学生が、自分に合うものを選べる仕組みです。その頃ですらこれだけ選べたのなら、いまはどうなっているのだろう。そう思って、アメリカの手話通訳の「いま」を一次情報で調べてみました。

結論から言うと、アメリカの手話通訳は「種類」「資格」「法律」「遠隔サービス」「大学の支援」という複数の層で支えられた、かなり厚い仕組みでした。日本を考えるヒントとして、順番に見ていきます。

1. 「通訳」にこんなに種類がある

日本で「手話通訳」というと、多くの人はひとつのイメージを思い浮かべます。けれどアメリカでは、ろう・難聴の人が受けられる「通訳/情報保障」は複数の種類(モダリティ)に分かれていて、本人がどれを使うかを選べます。主なものを整理すると、次のようになります。

種類どんな通訳か
ASL通訳アメリカ手話(ASL)と英語という「別々の言語」の間を訳す。アメリカで最も一般的。
英語対応手話
(PSE/SEE/SE)
ASLではなく英語の語順・文法に沿って手指で表す「トランスリタレーション」。PSEはASLと英語の中間、SEESEは、英語を手指で忠実に視覚化しようとする体系(略語はタップ/マウスオンで正式名称)。
口話(オーラル)通訳話者の英語を声を出さず口の形で復唱し、読話(リップリーディング)で読み取る人に届ける。読みにくい語は言い換える。
キュードスピーチ通訳口元で手型と位置を組み合わせ、読話だけでは区別しにくい音(音素)を視覚的に補う。
ろう通訳(CDI)ろう者自身が通訳を担う。聴者通訳とチームを組み、手話を学び始めた人・法廷など高リスク場面・盲ろう者支援で力を発揮。
触手話/ProTactile盲ろう者の手に触れて伝える。ProTactileは環境情報やあいづちも触覚で伝える新しい言語。
トライリンガル通訳ASL・英語・スペイン語など3言語が関わる場面での通訳。
CART(リアルタイム字幕)手話を使わない情報保障。話された内容をその場で文字に起こして画面表示する。C-Print・TypeWellは要点をまとめる方式。

つまり、同じ「ろう・難聴の人への情報保障」でも、ASLが第一言語の人にはASL通訳、英語に近い形を好む人には英語対応手話、読話が中心の人には口話通訳、文字がよい人にはCART——と、本人の言語背景に合わせて手段が用意されているわけです。私が留学先で見た「選べる」感覚は、いまも制度の根っこにありました。

ポイント:「手話通訳か、そうでないか」ではなく、本人がどう受け取りたいかを起点に手段が分かれている。これがアメリカの情報保障の考え方の土台です。

2. 資格 ― 誰が「通訳できる」と認められるのか

種類が多い分、「その人はちゃんと通訳できるのか」を担保する資格の仕組みも整っています。中心にあるのが、全米ろう者通訳者登録協会RID(Registry of Interpreters for the Deaf)です。

RIDが管理する全国資格の主役がNIC(National Interpreter Certification/全米通訳者認定)で、通訳の一般知識・倫理的判断・通訳技術を実証した聴者の通訳者に与えられます。試験は多肢選択の知識試験と、ビデオを用いた面接・実技試験の2部構成で、実施は専門機関CASLIが担います。ろう者自身が通訳を担うCDI(Certified Deaf Interpreter)という全国資格もあり、こちらは1998年から続いています。

学校(K-12)の教育通訳には、別の物差しもあります。EIPA(教育通訳者能力評価)は0〜5の尺度で表現・受容の通訳力を測る評価で、州が求める最低水準はおおむね3.5〜4.0。たとえばカリフォルニア州は2009年以降、教育通訳者にEIPA4.0以上を規則で求めています。さらに州独自の認定もあり、テキサス州のBEI(通訳者評価委員会)はBasic・Advanced・Masterの段階で技能を認定しています。

要するに:全国資格(RIDのNIC・CDI)+教育向け評価(EIPA)+州の認定(例:テキサスBEI)が重なり、「通訳できる」を客観的に測る階段が用意されています。日本の「手話通訳士(厚生労働大臣が認定する公的資格)」と「手話通訳者(都道府県認定)」の関係にも通じる構図です。

ここで、日本との違いを一つ。アメリカでも、RIDのNICは任意の全国資格であって、政府が与える"免許"ではありません(RIDは規制機関ではなく、専門職の登録団体です)。この点は、資格がなくても手話通訳を行える日本の「手話通訳士」——業務独占ではない公的資格——とよく似ています。ちがうのは州ごとの法規制です。米国ではおよそ31の州が通訳者に免許を義務づけており(多くはRID認定が前提)、免許制でない州でも、法廷・学校・行政といった場面では資格を求めることが少なくありません(州別の免許要件)。"資格は本人の技量の証明"という土台は日米で共通しつつ、アメリカは高リスクの場面に法的な義務を上乗せしている——そこが両国の分かれ目です。

3. 法律が「提供せよ」と定めている

アメリカの情報保障が厚いいちばんの理由は、通訳の提供が「法的義務」だからです。中心がADA(Americans with Disabilities Act|障害を持つアメリカ人法)。その第II編(州・地方政府)と第III編(民間の公共的施設)が、ろう・難聴の人と「効果的に意思疎通する(effective communication)」ために必要な手段を提供するよう求めています。

連邦規則(28 CFR §35.104)は「資格のある通訳者(qualified interpreter)」を、「対面または遠隔(VRI)により、必要な専門用語を用いて、受信・発信の双方向で効果的・正確・公平に通訳できる者」と定義し、その例として手話通訳者・口話トランスリタレーター・キュードスピーチのトランスリタレーターを明示的に挙げています。第II編では、どの手段を使うかについて、本人の希望を第一に考慮する(primary consideration)義務もあります。

学校では、これにIDEA(障害者教育法)とリハビリテーション法504条が加わります。公立学校のろう児には、無償の適切な公教育(FAPE)と、聴者と「同等に効果的な」コミュニケーションの保障が求められ、当局は「IDEAの分析とADA第II編の効果的コミュニケーションの分析の両方を適用しなければならない」としています。

日本の姉妹記事で触れたとおり、日本でも自治体には意思疎通支援事業の実施が求められています。違いは、アメリカでは「効果的コミュニケーション」という基準と「資格のある通訳者」の定義が法律・規則の言葉として具体的に書かれている点です。

4. 電話と、その場の遠隔 ― VRSとVRI

アメリカの遠隔通訳には、混同されがちな2つの別物があります。

VRS(ビデオ・リレー)VRI(ビデオ・リモート通訳)
用途電話の代わり。手話のできるオペレーターが、聴者との電話を仲介する。同じ場所にいる人同士のための、その場の通訳を遠隔でつなぐ。
費用利用者は無料。FCCのTRS基金(州際テレコム・リレー基金)から拠出。一般に受益者(病院・企業など)が出来高で負担。

VRSは電話アクセスのための仕組みで、FCCは「VRSを対面通訳やVRIの代わりに使ってはならない」と明言しています。VRSは普及初期に急拡大し、月間利用分数は2004年6月の約87万分から2005年6月の約214万分へと、1年で約3倍に伸びました。制度面では、2010年のCVAA(21世紀通信・映像アクセシビリティ法)が、リレーサービスの義務をIP対応の音声通信事業者へ広げ、盲ろう者向け機器への資金供給などを整えています。

5. 大学の情報保障 ― 申し出れば、大学の負担で

私が留学先で見た「選べる」感覚のいちばんの舞台が、大学でした。アメリカの大学では、ろう・難聴の学生は障害学生支援室(Disability Services)に申し出て、担当者との継続的な対話(interactive process)を通じて支援を決めていきます。診断書やオージオグラムだけで機械的に決まるのではなく、本人の言語の好みや、授業ごとの具体的な状況を踏まえて調整される——本人を「自分のアクセスニーズの専門家」と位置づける考え方です。

提供される手段も幅広く、対面のASL通訳・口話通訳・触手話、CARTなどの文字通訳(C-Print・TypeWell)、ノートテイク、そして遠隔のVRIまで。そして重要なのが費用の扱いです。米教育省によれば、大学は必要な補助手段・サービスを適時に提供する義務を負い、その費用を学生に負担させてはなりません。基準はここでも「効果的なコミュニケーション」。大人数講義ではノートテイクで足りても、双方向の議論があるゼミでは通訳が要る、というように場面で判断されます。

さらにアメリカには、ろう・難聴者のための大学そのものがあります。その代表がギャローデット大学です。首都ワシントンD.C.にある、1864年に認可された、世界でも数少ないろう・難聴者のための総合大学。ASLと英語のバイリンガル環境で、学生も教員も両言語で直接やりとりでき、通訳を介さない「直接アクセス」が成り立っているのが特徴です。

もう一つがNTID(国立ろう工科大学)です。ロチェスター工科大学(RIT)の中に置かれた技術系のろう者教育の拠点で、1965年に連邦法で設立されました。そのアクセスサービス部門は高等教育界でも最大級の手話通訳スタッフを擁し、年間13万時間を超える通訳を提供。ろう・難聴の学生が、一般の大学に近い環境で学べるように支えています。

ここが日本と大きく違う:大学の通訳・字幕は「本人が申し出れば、大学の負担で用意される」のが原則。情報保障が学生個人の自助努力ではなく、機関の義務として組み込まれています。

6. この20年で変わったこと

では、私が留学した頃(2000年代後半)から現在まで、何が変わったのか。調べてみると、いくつかの明確な変化がありました。

まず通訳者不足。全米ろうセンター(NDC)は、低賃金・不安定なスケジュール・単独業務といった労働環境や、医療・技術分野に進むろう学生の増加による専門通訳需要の高まりを背景に、通訳者不足を「憂慮すべき傾向」と表現しています。日本と同じ悩みが、アメリカにもあるわけです。

次に遠隔(VRI)の拡大と、AI自動字幕の台頭。不足への対応として大学は遠隔通訳を広げ、また自動音声認識(ASR)による自動字幕を導入する動きも出てきました。ただしNDCは、自動字幕の精度は平均60〜70%にとどまり、専門用語・固有名詞・話者の区別に弱いとして、「ASRは効果的コミュニケーションとは見なされない」と明言。ハーバード大やMIT、UCバークレーをめぐる裁判・和解でも、自動字幕だけではADAの要件を満たさないと確認されています。新しい技術はあくまで補完であり、人による対面通訳やCARTが依然として基準、というのがアメリカの立場です。

そして、新しい通訳の形が生まれた20年でもありました。盲ろう者のためのProTactileは2007年にシアトルで生まれた比較的新しい言語・運動です。一方で、口話通訳の全国認定(RIDのOral Transliteration Certificate)は1999〜2016年で新規認定が止まるなど、資格制度としては整理も進みました。ろう通訳(CDI)の専門的な認知は、この間に確実に高まっています。

※「COVID-19(2020年頃)が遠隔通訳やAI字幕の普及を加速させた」という語りは一般に広く見られますが、今回参照した一次資料は主に労働環境や需要の面から不足を説明しており、加速の因果を断定はしていません。ここでは「遠隔とAI字幕の比重が増えた」という事実の範囲で記しています。

7. 日本から見て

アメリカの仕組みを並べてみると、日本との違いは「予算の多い・少ない」よりも先に、考え方の設計にあるように感じます。通訳の提供が法的義務として書かれ、「資格のある通訳者」が規則の言葉で定義され、大学では本人が申し出れば機関の負担で用意される。そして何より、本人がどの手段を使うかを選べる。ASLも、英語対応手話も、口話も、キュードも、文字も——一人ひとりの受け取り方の違いが、はじめから制度に織り込まれています。

もちろんアメリカにも通訳者不足はあり、遠隔やAIへの過度な依存という新しい課題も抱えています。理想郷ではありません。それでも、「効果的に伝わったか」を基準に据え、手段の多様さを当たり前として持っている点は、日本が報酬の透明化やその先の雇用のかたちを考えるうえで、大きなヒントになりそうです。

アメリカの手話通訳は、多様なモダリティ・全国資格・法的義務・遠隔サービス・大学の情報保障という層が重なって支えられていました。留学先で見た「選べる」情報保障は、いまも進化しながら続いていました。

日本の一つひとつの自治体の報酬がどうなっているかは、姉妹記事手話通訳報酬マップからたどれます。あわせて眺めると、「見える化」の次に何を考えるべきかが、少し立体的に見えてくるはずです。

日本の状況も見てみる

全国の市区町村の手話通訳報酬は、地図から確認できます。

手話通訳報酬マップを見る →

主な参考資料(本文の事実確認に用いた一次情報)