パートやアルバイトで働く時間を調整する理由として106万円という数字がよく出てきます。この壁がなくなるという話も広く伝わっています。ただ条文を開くと、106万円という数字はどこにもありませんでした。撤廃の日付も法律には書かれていませんでした。
先に結論です。
- 「106万円」は法令にない数字です。条文にあるのは月額8万8千円。8.8万円×12=105.6万円を丸めた通称です
- その賃金要件を撤廃することは法律で決まりました。ただし日付は法律に書かれていません。「公布の日から起算して三年を超えない範囲内において政令で定める日」です
- 厚生労働省の政策ページは今も条件付きです。「全国の最低賃金が1,016円以上となることを見極めて判断します」
- その条件はすでに満たされています。令和7年度の地域別最低賃金は最低でも1,023円で、1,016円を下回る都道府県はありません
- 厚生労働省は令和8年1月のリーフレットで「令和8年10月に賃金要件を撤廃する予定」と書いています
- ただし2026年8月14日時点で、施行日を定める政令が公布された事実は一次資料で確認できませんでした。e-Govの条文にはまだ「八万八千円未満」が残っています
- 撤廃されても壁が全部消えるわけではありません。週20時間以上・学生ではないという要件は残ります
- 企業規模要件は10年がかりです。2027年10月に36人以上、2029年10月に21人以上、2032年10月に11人以上、2035年10月に完全撤廃
- 106万円・130万円は社会保険、123万円・160万円は所得税。別の制度です
以下、それぞれを条文と厚生労働省の資料でたどります。
この記事は法令と公的資料の内容を整理したものです。個別の加入の判断は保険者と事業主の手続きによります。条文と資料は2026年8月14日時点で確認したものです。政令の公布や施行日はこのあと動く可能性があるので、実際の判断は最新の公表をご確認ください。
1. 「106万円」は法令に書かれていない
厚生年金保険法第12条第5号は、短時間労働者が被保険者にならない場合を並べています。そのロがこれです。
ロ 報酬(最低賃金法第四条第三項各号に掲げる賃金に相当するものとして厚生労働省令で定めるものを除く。)について、厚生労働省令で定めるところにより、第二十二条第一項の規定の例により算定した額が、八万八千円未満であること。
厚生年金保険法 第12条第5号ロ健康保険法第3条第1項第9号ロにもほぼ同じ文言が置かれています。8万8千円×12か月=105万6千円。これを丸めたのが106万円という呼び方です。
厚生年金保険法と健康保険法の全文を検索しても、「106万」「百六万」は1件も出てきません。日本年金機構の適用拡大のページにも、厚生労働省の「社会保険加入の要件」ページにも、106万円という表記はありませんでした。出てくるのは月額8.8万円だけです。
判定の単位が違います。社会保険は月額と週の所定労働時間で判定します。年収を積み上げて判定するわけではありません。106万円という呼び方は分かりやすい反面、「年収で決まる」という誤解を生みやすいところがあります。
2. いまの適用要件
2026年8月14日時点で現に適用されている要件です。
| 要件 | 内容 |
|---|---|
| 労働時間 | 週の所定労働時間が20時間以上 |
| 賃金 | 所定内賃金が月額8.8万円以上(臨時手当・時間外手当・通勤手当などは除く) |
| 学生 | 学生ではないこと(卒業見込証明書を持つ人・定時制などは一部対象) |
| 企業規模 | 被保険者数51人以上(=常時50人を超える) |
企業規模の要件は本則ではなく、平成24年法律第62号の附則第17条第12項に置かれています。条文の書き方は「総数が常時五十人を超えるもの」です。51人以上という言い方は、これを言い換えたものになります。
3. 賃金要件の撤廃 ── 法律に日付はない
撤廃を決めたのは令和7年法律第74号です。2025年6月13日成立、6月20日公布。正式名称は「社会経済の変化を踏まえた年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する等の法律」です。
厚生労働省の説明資料は内容と施行期日をこう書いています。
短時間労働者の適用要件のうち、賃金要件を撤廃する
施行期日:公布の日から起算して三年を超えない範囲内において政令で定める日
つまり撤廃することは法律で決まっていて、いつ撤廃するかは政令に委ねられているという構造です。そして厚生労働省の政策ページには、いまもこう書かれています。
月額8.8万円以上の要件を撤廃します。撤廃の時期は、法律の公布から3年以内で、全国の最低賃金が1,016円以上となることを見極めて判断します
厚生労働省「社会保険の加入対象の拡大について」(2026年8月14日時点)このページに「令和8年10月」「2026年10月」という語は出てきません。ここだけを読むと、日付はまだ決まっていないように読めます。
4. 条件はすでに満たされている
1,016円という条件のほうはすでに越えています。厚生労働省の「令和7年度 地域別最低賃金 全国一覧」によれば、全国加重平均は1,121円、いちばん低い高知県・宮崎県・沖縄県でも1,023円です。1,016円を下回る都道府県はありません。
これを受けて、厚生労働省は令和8年1月に作ったリーフレットで日付を書いています。
全ての都道府県で令和7年度地域別最低賃金が時給1,016円を超えたことにより、週20時間以上働くすべての方が自動的に社会保険の加入対象になる
令和8(2026)年10月に賃金要件を撤廃する予定
施行日を令和8年10月1日とする「厚生年金保険法施行令等の一部を改正する政令案」も、2026年5月22日から6月20日までパブリックコメントにかけられました。案の概要には公布予定として「令和8年7月上旬(予定)」と書かれています。
確認できなかったことを書いておきます。この政令が実際に公布されたかどうかを今回は一次資料で確認できませんでした。e-Gov法令検索の厚生年金保険法は、2026年10月1日施行版を見ても第12条第5号ロに「八万八千円未満」が残ったままです。日本年金機構のページ(2026年4月17日更新)も、8.8万円を現行の要件として案内し続けています。
整理するとこうなります。撤廃されること自体は法律で決まっている。条件も満たされている。厚生労働省は2026年10月という日付を示している。ただし政策ページの表現はいまも条件付きで法令のほうにもまだ反映されていない。
5. 撤廃されても残るもの
賃金要件が消えてもほかの要件は残ります。週の所定労働時間20時間以上と学生ではないことです。「106万円の壁がなくなる」という言い方だと、ここが落ちます。
もうひとつ同じリーフレットに但し書きがあります。
ただし、最低賃金法では一定の場合に最低賃金の減額を許可する特例があり、この特例の対象となる短時間労働者のうち、月額賃金8.8万円未満である方は、原則社会保険に加入しないこととなります
厚生労働省「短時間労働者の社会保険の加入拡大のポイント」令和8年1月作成最低賃金の減額特例は、障害により著しく労働能力が低い場合などに都道府県労働局長の許可で最低賃金を下回る額を適用できる仕組みです。賃金の線が完全に消えるわけではないことになります。
6. 企業規模要件のほうは法律に日付が書いてある
賃金要件と対照的なのがここです。企業規模要件については、厚生労働省の資料が期間を明記しています。
企業規模要件を令和9年10月1日から令和17年10月1日までの間に段階的に撤廃する
厚生労働省 年金制度改正法 詳細説明資料| 企業規模(被保険者数) | 対象になる時期 |
|---|---|
| 51人以上 | すでに対象 |
| 36〜50人 | 2027年10月(令和9年10月) |
| 21〜35人 | 2029年10月(令和11年10月) |
| 11〜20人 | 2032年10月(令和14年10月) |
| 1〜10人 | 2035年10月(令和17年10月)=完全撤廃 |
こちらには「見極めて」のような条件の語が付いていません。e-Gov法令検索にも令和7年法律第74号による2027年10月1日施行・2029年10月1日施行の改正が未施行として登録されています。
7. 標準報酬月額の上限も上がる
いまの上限は65万円です。日本年金機構は「1等級(8万8千円)から32等級(65万円)までの32等級に分かれています」と説明しています。この65万円は令和2年9月からの額で、根拠は令和2年政令第246号です。
これが段階的に上がります。
| 上限 | 時期 |
|---|---|
| 65万円 | 現在 |
| 68万円 | 2027年9月(令和9年9月) |
| 71万円 | 2028年9月(令和10年9月) |
| 75万円 | 2029年9月(令和11年9月) |
これも企業規模要件と同じで条件の語は付いていません。e-Gov にも3つの施行日が未施行として登録されています。
8. 社会保険の壁と税の壁は別の制度
「年収の壁」という言い方でひとまとめにされますが、所管も判定の単位も違います。
| 呼ばれ方 | 何の話か | 判定の単位 |
|---|---|---|
| 106万円 | 社会保険。本人が被保険者になる | 月額8.8万円・週20時間 |
| 130万円 | 社会保険。健康保険の被扶養者から外れる | 年間収入 |
| 123万円 | 所得税。扶養する側から見た線 | 年間の合計所得 |
| 160万円 | 所得税。本人に所得税がかからない給与収入の上限 | 年間の給与収入 |
所得税のほうは令和7年度の税制改正で動きました。国税庁が書いているのはこの2つです。
給与所得控除について、55万円の最低保障額が65万円に引き上げられました。
これらの改正は、原則として、令和7年12月1日に施行され、令和7年分以後の所得税について適用されます。
基礎控除は合計所得金額に応じて分かれる形になり、132万円以下なら95万円です。扶養親族等の要件は合計所得58万円以下になり、給与収入に直すと58万円+65万円=123万円。本人に所得税がかからない上限は95万円+65万円=160万円という計算になります。
この160万円という数字は、国税庁のページに直接書かれていたものではありません。国税庁が明記している基礎控除95万円と給与所得控除の最低保障65万円から計算したものです。なお132万円超655万円以下の基礎控除の上乗せは令和7年分・令和8年分の措置で、令和9年分以後は58万円になります。
9. いま動いている仕組みと終わった仕組み
「年収の壁・支援強化パッケージ」は2023年10月から始まったものです。2026年8月14日時点の状況を確認しました。
106万円の壁への対応として用意されていたキャリアアップ助成金の社会保険適用時処遇改善コースは、対象が「令和8年3月31日まで」に取組を行った事業主とされており、その期間はすでに過ぎています。厚生労働省のページには、令和8年4月1日以降に取り組む場合は「短時間労働者労働時間延長支援コース」を利用するよう案内が出ています。
130万円の壁への対応は続いています。
一時的な収入である旨の事業主の証明を添付することで、原則として連続2回までは引き続き扶養に入り続けることが可能
事業主証明による被扶養者認定については、引き続き利用することができます。
あわせて、19歳以上23歳未満の被扶養者の年間収入要件は150万円未満に引き上げられました。学生のいる家庭にはここが効きます。
おわりに
調べていて印象に残ったのは、同じひとつの改正法のなかで日付の決まり方が2通りあったことです。企業規模要件には年月日が書かれ、賃金要件は政令に委ねられました。前者は10年がかりの行程が決まっていて、後者は最後まで「見極めて判断します」という語尾のままです。
「106万円の壁が2026年10月になくなる」という一行はおそらくそのとおりになります。ただその一行だけだと、週20時間の要件が残ることも、減額特例の例外があることも、企業規模のほうが2035年までかかることも、全部落ちてしまいます。制度が条件付きで書かれてきたこと自体がこの件の中身なのだと思います。
ここに書いたのは一つの考え方です。政令や告示は改正されますし、公表のタイミングで状況は動きます。お気づきの点がありましたら、お問い合わせフォームからお寄せいただけるとうれしいです。
出典
- 厚生年金保険法(昭和29年法律第115号)第12条・第20条 e-Gov法令検索
- 健康保険法(大正11年法律第70号)第3条 e-Gov法令検索
- 日本年金機構「短時間労働者に対する健康保険・厚生年金保険の適用の拡大」 ページ/「厚生年金保険の保険料」 ページ/「標準報酬月額の上限の改定」 ページ
- 厚生労働省「社会保険の加入対象の拡大について」 ページ/社会保険適用拡大特設サイト サイト
- 厚生労働省「短時間労働者の社会保険(健康保険・厚生年金保険)の加入拡大のポイント」令和8年1月作成 PDF
- 厚生労働省 年金制度改正法(令和7年法律第74号)詳細説明資料 PDF/法律案の概要 PDF/成立のお知らせ
- 厚生労働省「令和7年度 地域別最低賃金 全国一覧」 PDF
- e-Govパブリック・コメント「厚生年金保険法施行令等の一部を改正する政令案」 意見募集ページ
- 厚生労働省「『年収の壁』への対応」 ページ/「年収の壁・支援強化パッケージ」 ページ/130万円の壁リーフレット PDF
- 国税庁「令和7年度税制改正による所得税の基礎控除の見直し等について」 ページ/「No.1199 基礎控除」 ページ