手話を学ぶ場は各地にあります。市区町村の手話奉仕員養成講座。サークル。手話通訳者養成講座。大学の授業や高校の部活動で手話に触れる人もいます。このうち養成講座は何時間かけて何を学ぶのかが国の通知で決まっていて、手話の文法を扱う科目が置かれています。

科目には7つの項目があり、具体的表現(CL表現)や空間の活用、役割の切り替え(ロールシフト)が並びます。手話を学んでいてもこの7項目に出会わないままのことがあります。今回はこの7つの項目が何なのかを一次資料で確かめます。

この記事の要点

  • 手話奉仕員・手話通訳者の養成で使われるのは厚生労働省の通知(令和5年6月26日 障企自発0626第1号)の別添2「手話奉仕員及び手話通訳者の学習指導要領」。文部科学省の小学校・中学校の学習指導要領とは別の文書です
  • 手話奉仕員 基礎課程の科目「手話の基本文法」(15時間)と手話通訳者 基本課程の科目「手話通訳能力の向上(Ⅰ)」(10.5時間)に同じ7つの項目が番号付きで並んでいます
  • 7つの項目は次のとおりです
    1. 具体的表現(CL表現)
    2. 「誰が」「誰に」の表現(動きの方向の変化)
    3. 同時表現(両手の活用)
    4. 空間の活用
    5. 代理的表現
    6. 指さしの活用
    7. 役割の切り替え(ロールシフト)
  • 25年前の旧カリキュラムでは同じ科目に14項目ありました。「表情」と「置き換え」は現行の7つに名前が残っていません

1. 養成講座のもとになる厚労省の通知

手話講座で配られるテキストや講師の説明のもとをたどると、厚生労働省の一本の通知に行き着きます。令和5年6月26日 障企自発0626第1号「手話奉仕員及び手話通訳者の養成カリキュラム等について」です。この通知の別添1が養成カリキュラム、別添2が「手話奉仕員及び手話通訳者の学習指導要領」にあたります。科目ごとの到達目標と内容が並んでいるのは別添2のほうです。

同じ名前の別の文書があります。「学習指導要領」と聞いて思い浮かぶのは文部科学省が告示する小学校・中学校の学習指導要領のほうだと思います。今回扱う別添2はそれとはまったく別の文書で、発行元も対象も違います。この記事では取り違えを避けるため「厚労省カリキュラム(令和5年通知 別添2)」と書きます。文科省のほうの読み方は学習指導要領の読み方をわかりやすく解説で扱っています。

この通知は課程の組み立ても定めています。手話奉仕員は入門課程35時間+基礎課程35時間の70時間。手話通訳者は基本課程56時間+応用課程57時間の113時間です。旧カリキュラムでは手話通訳者に実践課程20時間がありましたが現行にはありません。

養成旧(平成10年通知)現行(令和5年通知)
手話奉仕員入門35+基礎45=80時間入門35+基礎35=70時間
手話通訳者基本35+応用35+実践20=90時間基本56+応用57=113時間

手話奉仕員は10時間短くなり手話通訳者は23時間増えました。手話通訳者の養成に配分される時間が厚くなっている形です。

2. 7つの項目が出てくる2つの科目

厚労省カリキュラム(令和5年通知 別添2)の中で番号付きの一覧が出てくるのは2か所です。手話奉仕員 基礎課程の「手話の基本文法」(15時間)と手話通訳者 基本課程の「手話通訳能力の向上(Ⅰ)」(10.5時間)。並んでいる項目はほぼ同じで、2番だけ言い方が違います。

 手話奉仕員 基礎課程
「手話の基本文法」15時間
手話通訳者 基本課程
「手話通訳能力の向上(Ⅰ)」10.5時間
1具体的表現(CL表現)
2「誰が」、「誰に」の表現(動きの方向の変化)格の決定(動きと方向)
3同時表現(両手の活用)
4空間の活用
5代理的表現
6指さしの活用
7役割の切り替え(ロールシフト)

2番の違いは細かく見えますが、奉仕員側が「誰が」「誰に」という日常の言い方なのに対して通訳者側は「格の決定」という文法の用語になっています。同じ中身に別の名前が付いているとも、想定している学習者が違うとも読めます。

もうひとつ。この7つは手話奉仕員の講座にも入っています。通訳者になる人だけが学ぶ内容ではありません。手話奉仕員 基礎課程35時間のうち15時間がこの科目にあてられていて、時間の配分としては小さくない部分を占めています。

3. 位置と向きが意味を決める

空間の活用

話し手の前にある空間に、話題に出てくる人やものを置いていく。置いた場所は話のあいだ保たれ、あとから指さしたり動きの向きで参照したりできます。日本語で「Aさんは」「Bさんが」と名前を言い直すところが、手話では位置で示せるという構造です。

話し手の前の空間 A 左に置いた人物 B 右に置いた人物 話し手 この空間に置いていきます
空間の活用の模式図。一度置いた位置は話のあいだ保たれます(位置関係のみを示した図です)

指さしの活用

指さしは方向を指すだけの動作ではなく、誰のことを言っているかを決める働きを持ちます。厚労省カリキュラム(令和5年通知 別添2)の注には表記の約束が書かれていて、そこでは3つに分けられています。

相手 pt2 目の前の話し相手 人 pt3 車 pt3 自分 pt1 自分自身への指さし
注にある指さしの表記。自分自身がpt1、目の前の話し相手がpt2、それ以外の指示対象がpt3です(pt3は人にもものにも向きます)

「誰が」「誰に」の表現(動きの方向の変化)

空間に置いた位置が決まると、動きの向きが「誰が誰に」を担えるようになります。日本語なら助詞が受け持つところを手話では方向が受け持つ。手話通訳者側の一覧ではこれを「格の決定(動きと方向)」と呼んでいます。

厚労省カリキュラム(令和5年通知 別添2)は項目名を挙げるだけで語の例は出していません。この型の動詞について、国立国語研究所の研究発表資料は「主語と目的語の『位置』を『動き』または『手の向き』で表す」と説明していて、例として〈売る〉〈買う〉〈助ける〉〈手伝う〉〈断る〉などを挙げています。

/助ける/ A B A が B を 助ける /助ける/ A B B が A を 助ける 手話単語は同じ。動きの起点と着点だけが入れ替わります
動きの方向の変化。/…/は手話単語を表します(〈助ける〉は研究発表資料が挙げている例です)

同時表現(両手の活用)

音声のことばは前から順に一列で出ていきます。手は2つあるので、片方を置いたまま残しつつもう片方を動かせます。左手が場所やものを保ち右手がそこで起きることを表す、というような重ね方です。日本語に訳すと2文になるものが1つの形に収まることがあります。

左手 置いたまま保つ(場所・もの) 右手 動く① 動く② 動く③ 時間の流れ
同時表現の構造。片方が保ち片方が動くことで2つの情報が同時に出せます

役割の切り替え(ロールシフト)

登場人物が2人いる話を、話し手が交互にその人になって語る。誰のせりふなのかを「Aさんが言いました」と言い足さずに示せます。注はこれを上体の動きと表情の使い分けとして説明しています。

Aのせりふを語る 目線が左を向く Bのせりふを語る 目線が右を向く 切り替え
役割の切り替えの模式図。破線は目線の向きを表します(傾きは強めに描いています)

角度のこと。注は「主として上体を前後左右に動かし」とだけ書いていて、どれくらい動かすかには触れていません。上の図は輪郭が分かるように傾きを強めています。実際にはわずかな向きの差でも切り替えは伝わります。大きく振ると切り替えの動作そのものが前に出て、かえって読み取りにくくなる場面もあります。

4. 注に書かれている用語の説明

厚労省カリキュラム(令和5年通知 別添2)には別表ごとに注があり、CL・指さし・ロールシフトの意味が説明されています。

CL(類別辞)

注はCLを「特定の手指を物に見立てて表現する方法」とし、「対象物の属するカテゴリーに応じて適切な手指が選択される」と説明しています。手形が語ではなくカテゴリーの標識として働く、という言い方です。何を見立てるかによって選ぶ手形が変わるので、単語として覚える対象ではないことが定義から読み取れます。

指さし(pt1・pt2・pt3)

注は「自分自身への指さしは『pt1』、話し相手への指さしは『pt2』、それ以外の指示対象への指さしは『pt3』と表記される」としています。人称に対応した表記です。日本語の一人称・二人称・三人称と重なりますが、通知の書き方は人称という語を使わず指示の対象で分けています。

ロールシフト

注の定義は「自身の体験や映画のワンシーンなどを話す時に、話者がある人物や動物になりきって、その発話や行動を描写する方法」で、その方法として「主として上体を前後左右に動かし、表情を使い分ける」と書かれています。

ここで「表情」という語が出てきます。表情は7つの項目の名前としては立っていませんが、ロールシフトの説明の中には入っている。項目名の一覧だけを見て「表情は扱われない」と受け取ると読み違えになります。

5. 25年前は14項目だった

現行の通知は平成10年7月24日 障企第63号を廃止して置き換わったものです。旧通知にも手話奉仕員 基礎課程に「手話の基本文法」という同じ名前の科目があり、そこには14の項目が並んでいました。

旧・手話奉仕員 基礎課程「手話の基本文法」の14項目
1 具体的表現技術 / 2 置き換え表現技術 / 3 手や顔・身体の表情
4 格の決定① 2人での位置関係 / 5 格の決定② 3人以上での位置関係 / 6 格の決定③ 指差し / 7 格の決定④ 上体移動 / 8 格の決定⑤ まとめ
9 空間活用① 前後・左右・上下 / 10 空間活用② 組合せ活用 / 11 空間活用③ 代理的活用
12 同時表現両手の活用 / 13 指の代理的表現 / 14 繰り返し表現

14が7になったのは項目が半分に減ったからではありません。「格の決定①〜⑤」「空間活用①〜③」のように段階に割っていた並べ方が、現行では「格の決定(動きと方向)」「空間の活用」のようにひとまとめになっています。

いっぽうで現行の7つに名前が残っていない語もあります。

旧(平成10年通知) 現行(令和5年通知) 空間活用①②③ 指の代理的表現 表情 置き換え 4 空間の活用 5 代理的表現 7つの項目に名前は無い 注には出てくる 7つの項目に名前は無い 同じ語は別の科目の目標に 実線は名前が引き継がれたもの 破線は7つの項目に名前が無いもの
旧14項目の4語をたどった図。表と注の記載を並べたもので(移し替えられたと通知に書かれているわけではありません)

「置き換え」について補足します。この語は現行の7つの項目にありません。同じ語は手話通訳者 基本課程の科目「手話通訳能力の向上(Ⅱ)」の到達目標に「要約能力(話のポイント把握、ことばの置き換え力)」という形で出てきます。手話の文法ではなく、聞いたことを要約する力のほうに置かれているわけです。ただし通知に「手話の文法から要約能力へ移した」と書かれているわけではありません。2つの通知に別々に載っている記載を並べただけだと受け取ってください。

手話を学んできた期間が長いほど、覚えている語が旧カリキュラムのものだということは起こり得ます。講座で使われたテキストや教わった講師の学んだ年代によって、覚える用語は変わります。

6. どこで学べるか

7つの項目は講座の科目なので、独学の入口は多くありません。確認できた範囲で挙げます。

  • 市区町村・都道府県の養成講座。手話奉仕員養成講座の基礎課程にこの科目が入っています。募集は年1回程度のところが多く、実施主体は自治体や委託先の団体です
  • 社会福祉法人 全国手話研修センターの動画。「遠隔手話動画サービスポータル」で講義映像や手話教材の映像を視聴できます。同センターは「手話を学ぼう 手話で話そう 手話動画視聴システム」も公開しています
  • テキスト。『手話奉仕員養成テキスト 手話を学ぼう 手話で話そう【全面改訂版】』(2023年9月・A4判166頁)が養成講座で使われています

団体名について。上に挙げた動画のサービスは全国手話研修センターのものです。全国手話通訳問題研究会(全通研)とは別の団体で、常設のe-ラーニングは全通研の側では確認できませんでした。

おわりに

7つの項目は手話奉仕員の基礎課程にも手話通訳者の基本課程にも同じ形で置かれています。単語を覚えることとは別に、空間の使い方や動きの向きや役割の切り替えが、時間を割いて学ぶ対象として並んでいる。厚労省カリキュラム(令和5年通知 別添2)はそれを項目名と注の定義だけで示していて、教え方までは決めていません。

ここに書いたのは一次資料の記載を並べた一つの整理です。講座の進め方や使う教材には地域差があり、同じ科目名でも扱いの重さは変わります。7つの項目の呼び方も講師によって異なります。受けている講座の内容と違うところがあれば、講座の内容を優先してください。

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主な参考資料

  • 厚生労働省「手話奉仕員及び手話通訳者の養成カリキュラム等について」令和5年6月26日 障企自発0626第1号(別添2「手話奉仕員及び手話通訳者の学習指導要領」を含む)(PDF/法令等データベース)
  • 厚生労働省「手話奉仕員及び手話通訳者の養成カリキュラム等について」平成10年7月24日 障企第63号(令和5年通知により廃止)(PDF)
  • 厚生労働省「意思疎通支援」(mhlw.go.jp)
  • 高嶋由布子「日本手話の動詞・形容詞:何をどう記述するか」国立国語研究所 プロジェクト発表会資料、2019年3月10日(PDF)
  • 社会福祉法人 全国手話研修センター「遠隔手話動画サービスポータル」(enkakukenshu-sagano.com)
  • 社会福祉法人 全国手話研修センター「手話を学ぼう 手話で話そう 手話動画視聴システム」(manabu.syuwa-sagano.com)

※本文中の「」内は通知の記載からの引用です。図はいずれも位置関係を示すための模式図であり、手形・動きの速さ・表情を表したものではありません。手話の表現には地域差・個人差があります。