冨樫義博氏の『HUNTER×HUNTER』にキルアの神速(カンムル)という念能力があります。自分の体に電気のオーラを流して肉体の動きを底上げする能力です。
今回、この「神速(カンムル)」について深掘りしたいと思います。神速には電光石火と疾風迅雷という2つの能力があり、作中でその違いが説明されています。この2つが体のしくみでいう別々の場所に対応しています。
この記事は第37巻までの内容にふれています。
神速は2つに分かれている
第27巻のユピー戦で説明されています。
自分の意志で肉体を操作する“電光石火”と
相手の動きに感応して自動的に肉体が働く“疾風迅雷”
冨樫義博『HUNTER×HUNTER』第27巻 No.281(集英社)
予めプログラムした攻撃が 敵の害意を示すオーラの「揺らぎ」に反応する
脳の命令を省き 反射のみで繰り出される 限界を超越した攻撃は
容易に敵の肉体の動きを追い越した
同 第27巻 No.281
2つは別々のところを速くしている
反応の速さは、大きく分けて3つの時間の足し算になっています。刺激に気づく、どうするか決める、実際に体を動かす。脳科学辞典の「反応時間」も少なくともこの3段階に分けられるとしていて、もっと細かく割ることもできます。
| 疾風迅雷 | 電光石火 | |
|---|---|---|
| トリガー | 自動で相手の動きに感応する | 自分の意志 |
| 効く場所 | 脳も脊髄も通らない | 肉体の動作を劇的に速める |
| 結果 | 立ち上がりが速い | 動きそのものが速い |
オロソ兄妹との場面
第23巻にキルアがオロソ兄妹の念魚(ダツ)を掴み止める場面があります。第27巻ではこれが疾風迅雷の例に挙げられます。
ただ、その場でキルアが明かしたのは別のことでした。
最後の一投だけは「いつ」「どこに」投げるか完全にわかる…!!
冨樫義博『HUNTER×HUNTER』第23巻 No.240(集英社)
つまり、来る位置にあらかじめ掴む構えを取っていたわけです。
オロソ兄妹の側はこう言っています。
念魚を掴むなんて超光速的な反射神経 人間にあるわけねーだろ!!
同 第23巻 No.240
キルアは事前にくる攻撃を予測して対応する動きを作っていました。
疾風迅雷 ── 脳も脊髄も通らない
ひざの下をたたくと足が跳ね上がります。膝蓋腱反射、臨床でいう腱反射です。腱反射は信号が脳まで行かず、脊髄で折り返しているので、決める時間が要りません。熱いものに触れて手を引っ込めるのも同じ脊髄の反射で、脳科学辞典はこれを「認知、判断などを必要とせず、短時間のうちに起こる」ものだとしています。
現実の反射は25〜50ミリ秒。五感で認知し、決断して、動くふつうの反応は150〜300ミリ秒。桁がひとつ違います。
この場面の説明には、続きがあります。経路そのものの話です。
念魚が額に触れた時 皮膚の触覚から脳へ 脳から手の神経へと 電気指令を伝えるのではなく
オーラが念魚を感知した瞬間 直接左手の神経に「掴め」という電気信号を送るように念で操作しておいたのだ!!
同 第23巻 No.240
現実の経路はこうです。皮膚で受け取った信号は脊髄の後索を通って脳へ上がり、脳が出した指令は脊髄を下って手の神経へ届きます。行きも帰りも脊髄を通ります。疾風迅雷が使っているのは、念魚が皮膚に届いた瞬間に手のそばのオーラが発動して、左手の神経へ電気信号を直接送る経路です。腱反射は脳へ行きませんが脊髄までは行って折り返します。疾風迅雷はその脊髄も通りません。
27巻では疾風迅雷が感知しているのはオーラの「揺らぎ」です。現実の神経が使っている入力ではないので同じ数字は当てはまりませんが、人間の感覚器を経由しないぶん、25ミリ秒より下も見込めることになります。
桁の感じをつかむために拳銃の弾を並べます。
9×19mmパラベラム弾(9ミリパラ)は標準的なもので毎秒360メートルほど。10メートル先から撃たれると28ミリ秒で届きます。ふつうの反応の150〜300ミリ秒では動き出す前に着弾していて、腱反射の25〜50ミリ秒でようやく同じ桁です。
オロソ兄妹の念魚がこのくらいの速さだったとすると、この念による反応がどれだけ速いかが見えてきます。額に触れてから止めるなら1ミリ進むあいだに掴むことになります。使える時間は0.003ミリ秒。腱反射の25ミリ秒のおよそ9000分の1です。念魚の速さは作中に書かれていませんが、掴み止めたと描かれている以上キルアの手はそれに見合う速さで動いたことになります。
疾風迅雷がやっているのは、信号の通り道そのものを引き直すことです。人間の限界を超えるための手段を提示しているところが、この能力のいちばん面白いところだと思っています。
通り道を引き直すには先に何を通すかを決めておかないといけません。疾風迅雷が「予めプログラムした攻撃」と説明されるのはそのためです。速さは先に仕込んだ結果として出てきます。
同じ疾風迅雷でもトリガーが違う
作中の2つの場面を並べると、トリガーが違います。
23巻のオロソ戦で反応しているのは念魚そのものが額に届いたことです。接触が起点なので、それより前には発動できません。27巻のユピー戦で使われた疾風迅雷が反応しているのは「敵の害意を示すオーラの『揺らぎ』」です。害意は攻撃が届く前に感応できると考えられるので、接触より早く発動できます。
27巻は23巻のダーツを止めた動きを「正に後者である」と後から疾風迅雷の例に挙げています。機構は同じで、トリガーに何を置くかだけが違います。だとすると、キルアは何に反応させるかを選んで組み込んでいることになります。
23巻の場面でキルアは念魚が「いつ」「どこに」来るかを読み切っていました。来る場所が分かっているなら、そこに手を置いて接触をトリガーにするほうが確実です。場所も来るタイミングも読めないユピー戦では、揺らぎをトリガーにするしかありません。
ここから先は仮定です。もし23巻の時点で揺らぎを読むプログラムを組んでいたら、念魚が出てくる前のオーラの動きに反応して皮膚接触の条件よりも早く掴めた可能性もありそうです。むしろ早すぎて、まだ来ていない念魚に手を閉じてしまうかもしれません。
ユピー戦は敵の害意がどこから来るか分かりません。広い範囲を見張るプログラムが要ります。オロソ戦は来る場所が額に決まっているので、揺らぎを見るにしても接触を待つにしても見張るのは額だけで足ります。念で複雑なプログラムを組むほどオーラの消費が大きいのだとすれば、場所を読み切れている場面はそれだけ消費が少なくて済むことになります。
接触が起点でいいなら、防ぐ側にも同じ道があります。第9巻に、念能力者のダルツォルネが殺されたかもしれないという報せに、ボスのノストラードが「信じられんな 奴は念能力者だぞ」「銃弾10発くらっても平気なくらいの鍛え方はしてるはずだが」と驚く場面があります。念能力者ならその程度は受けられるという前提で驚いているわけです。まして来る場所が額に決まっているなら、触れる前から額にオーラを集めておく手もあります。第15巻でビスケが説明する「凝」は、状況に応じてオーラの配分を変えて攻撃力と防御力を加減する技術です。額の攻防力を上げておけば、掴まずに受け止められた可能性もあります。最後の一投は「いつ」「どこに」来るか分かっているので、全身のオーラを一点に集める「硬」まで出せます。硬は集めた部分の攻防力が100になる代わりにそれ以外が0になりますが、それまでの攻撃は硬を使わずに受けておいて、来る場所が読めている最後の一投にだけ額へ集めれば、防げた可能性もあります。
それでもキルアは掴んで止めるほうを選びました。この戦いのために組んだプログラムが、のちに疾風迅雷と呼ばれる動きの最初の例になっています。オロソ兄妹はその意味で、キルアの能力が形になった戦いの相手ということになります。
電光石火は変化系なのか
ここまで疾風迅雷を追ってきましたが、ここからは電光石火です。電光石火は一瞬どの系統か迷いが出ました。作中は「自分の意志で肉体を操作する」と書いています。自分を操作することは、作中では操作系の使い方として出てきます。「操作系能力は早い者勝ち」という原則が第22巻で先に出てきて、第37巻でも繰り返されます。37巻には発動のときにまず自身を操作しておけば敵の操作能力を防げる、という説明もついています。だとすると、先に自分へ仕掛けておく神速の組み立ては操作系の考え方と重なります。第31巻には、弟のアルカを抱えたまま電光石火で走り、バイクに変化したツボネを引き離す場面があります。
この場面は走り続けて引き離すことを目的としており、立ち上がりの速さを求める場面ではありません。疾風迅雷が立ち上がりを速くするのに対して電光石火は動いているあいだの速さそのものを上げています。
電光石火は自分の意志で出すので決めるところは脳を通ります。23巻の説明は疾風迅雷についてのものなので電光石火にそのまま当てはまるとは限りませんが、同じ神速なら指令を伝える区間もオーラが担っていると考えます。神経を信号が伝わる速さは実測でおよそ毎秒48〜59メートルです。体の中を1メートル進むのに17〜21ミリ秒。反応時間そのものが150〜300ミリ秒ですから、伝わる時間はその1割前後にしかなりません。
だとすると電光石火の速さは伝わる時間の話ではないのだろうと考えます。筋を動かす指令はもともと電気で、大きな力を出すときほど大きい運動単位が順に動員されます。モーターに流す電気を増やすと回転も力も上がるのと同じで、電光石火は電気を強く流すほうに効いていると読むと辻褄が合います。流す電気が大きいほど出る力も大きく、同じ体なら速く動かせます。
最初に書いたとおり神速はオーラを電気に変える能力です。キルアは変化系で、系統図で変化系の正反対は操作系にあたり、いちばん不得手な位置になります。23巻の説明図には「念操作で手のそばのオーラが電気となって手に直接指令を送るため 限りなく早い!!」とあります。同じことを自分の意志でやれば足にも体にも直接指令を送れます。そしてその電気がそのまま動力になるなら、走っているあいだも速さを保ち続けられます。それが電光石火で、条件を決めて自動で流すのが疾風迅雷。そう読めば変化系一本で説明はつきそうです。
熟練者は先を読んで待てる
現実の話に戻ると、反応時間の研究は素の速さをほとんど動かせないという結果を積み上げてきました。2年練習しても単純反応時間は変わりません。だから研究の関心は速くすることから読むこと・待つことへ移っています。
サッカーのゴールキーパーを調べた研究があります。PKの映像に反応してもらうと、熟練GKは初心者より反応を開始するまで長く待っていました。修正動作が少なく、注視は蹴り足・軸足・ボールに集中していました。初心者は体幹や腕を長く見ていました。
先が読めるので慌てて動かずに済む。早く動き出せばフェイントにかかります。動作を先に組み込んでおいてオーラの揺らぎがそれを発動させる順番です。
自分の反応時間を測ってみる
目で測るモードと耳で測るモードの両方をやると、自分は目と耳のどちらが速いかまで分かります。
まとめ
- 神速は電光石火(自分の意志で発動)と疾風迅雷(自動で相手の動きに感応する)に分かれる
- 疾風迅雷が効くのは脳も脊髄も通らないところ。オーラで検知するので、現実の反射の25〜50ミリ秒より下も見込める
- 電光石火が効くのは肉体の動作そのもの
- サッカーのGKを調べた研究では、熟練GKは初心者より反応の開始を長く待っていた(Savelsbergh 2002)
能力の説明を読み直しながら生理学を考えると、想像していたより長く楽しめました。
読み違いや別の読み方があれば教えてください。お問い合わせフォームから届きます。
出典
引用した作品
- 冨樫義博『HUNTER×HUNTER』第9巻 No.079、集英社
- 冨樫義博『HUNTER×HUNTER』第15巻 No.141、集英社
- 冨樫義博『HUNTER×HUNTER』第15巻 No.142、集英社
- 冨樫義博『HUNTER×HUNTER』第22巻 No.226、集英社
- 冨樫義博『HUNTER×HUNTER』第23巻 No.240、集英社
- 冨樫義博『HUNTER×HUNTER』第27巻 No.281、集英社
- 冨樫義博『HUNTER×HUNTER』第31巻 No.328、集英社
- 冨樫義博『HUNTER×HUNTER』第37巻 No.389、集英社
反射と反応時間
- 脳科学辞典「反応時間」新美亮輔・横澤一彦 bsd.neuroinf.jp
- 脳科学辞典「脊髄反射」戸松彩花・関和彦 bsd.neuroinf.jp
- 脳科学辞典「体性感覚」 bsd.neuroinf.jp
- 脳科学辞典「脊髄下行路」 bsd.neuroinf.jp
- 脳科学辞典「運動ニューロン」 bsd.neuroinf.jp
- 宮田省三ほか (1979)「運動神経および知覚神経伝導速度 第1報」杏林医学会雑誌 10(1) J-STAGE
- 9×19mm Parabellum 弾道データ(Sellier & Bellot 提供のデータを掲載) Wikipedia
- Lee & Perreault (2019) Scientific Reports nature.com
- Savelsbergh GJP et al. (2002) Journal of Sports Sciences PubMed